短編小説 アメリカ―ノとチョコレートドーナツ

休日の朝、ホーホケキョというウグイスの求愛の声で目が覚める。春になるといつもこうだ。どこからやってきたのかは知らないけど、ウグイスがホーホケキョと鳴き声の練習をする。綺麗な声もいれば上手くなけずにホーホホキョとだらしない締まりのない声は出す子もいる。苦笑いのような、どこか微笑ましい笑みを浮かべながらベットから立ち上がる。寝室を出て、隣のリビングに。青いソファーにナマケモノのように寝転び、テレビのスイッチを押し、映像を見る。この街のおすすめカフェ特集だの、流行り物トレンド特集だの、どこの番組も同じような内容だ。そしていつもいつも、都会首都中心の話で、そこにいない自分には関係のないことだ。テレビを消し、このまま昼まで寝てしまおうか?と思ったが、それだとせっかくの休日が台無しになる。昼まで……と言っても結局夕方まで寝て、どうしようもない自分に後悔の念を抱くことになるのだ。
 ならどうすればいいのか?
 答えは簡単だ。
 外に出ればいい。
 外に出れば眠ることはない。知らない人前で寝る勇気も鈍感さも持ち合わせていないし、どこかの公園の芝でレジャーシートを引いて、そこで寝転がるような趣味もない。
 そうと決まれば、ソファーから立ち上がり、歯を磨き、跳ねた髪を整え、よそ行きの私服に着替える。少し高いブランド品。他人からしたら無駄!に見えるが、私にとっては楽しみの一つだ。誰に文句言われようが止める気はない。
「行ってくるよ」
 着替え終わり、財布と鍵をズボンのポケットにしまい、ベッドの側に置かれた椅子にある写真に、行きの挨拶をする。
 写真に写る、ここにはもういない彼女は変わらない笑顔だ。
 外に出ると、風が頬を打つ。冷たい冷たい、あんまり歓迎できない風だ。しかし、その冷たさの中に、春の陽気が混じっていることを感じ、私の僅かな苛立たちもどこかに帰ってしまう。また会うのは明日か今夜かまた来年か。私にはわからないけれど、しばらくはどこかに行ってほしいものである。
 マンションの階段を降り、最寄りの駅へ。あてもなく切符を買い、三駅ほどで降りる。歓楽街の中心から少し離れた場所で、私はそこにあるカフェに立ち寄る。中に入れば老若男女。子供もいる。一人用の席が空いてるのを確認して、私はカウンターへ。
「おはようございます」爽やかな風貌の店員が挨拶してくる。
「おはようございます。アメリカーノを一つ」
「はい。サイズは?」
「一番小さいので」
「ショートですね」
「……それと、このドーナツを一つもらえますかな」私はカウンターの横にあるショーウィンドウを指差す。チョコレートドーナツ。コーヒーには砂糖は入れない派なので、コーヒーのお供には甘いものが好ましい。
「わかりました……550円ですね」
 私は財布から金貨一枚、真ん中に穴の空いた銀貨を一枚取り出し、店員に渡す。
「あちらでお待ちください」
 店員は商品の受け取り場所を教えてくれる。
「どうもありがとう」一礼し、受け取り場所に移動する。しばらく、2分ほどすれば違う店員が私の頼んだアメリカーノとチョコレートドーナツの乗ったお盆を渡してくれた。私はまた一礼し、熱いアメリカーノをこぼさないように、一人用の席に向かう。私の座った右隣には少しふくよかな男性。電車の路線図が載った本とにらめっこしている。左隣には細身の女性。ビシッ!と紺色のスーツを着て、こちらはノートパソコンと睨めっこ。私は、目の前の窓から見える景色と睨めっこをすることにした。赤青黒白の車が車道を走る。時々自転車も。特に綺麗な緑色をした自転車には心を動かされる。犬の散歩をする人もいれば、私のようにあてもなく歩く人もいる。
 アメリカーノを一口飲む。
 うーん。苦い。
 チョコレートドーナツをひと噛み。
 うーん……甘いな。
 心の中で誰にも聞こえない感想を口にする。
 春の陽気の中、私はこれから何をしようかと?どこか楽しげに考えるのだ。