東京一人旅

一人旅が好きだ。誰にも干渉されずに、ただ当てもなくぶらつく。歩いた先に美味そうな店があれば意気揚々……若干の臆病さを抱えながら店に入る。当たり外れはある。グルメマップなんか見ないし、評判も知らない。ただただ自分の直感を信じて入るのだ。

 観光名所を一通り周りはするが、行かないこともある。気持ちが向けば行くし、気持ちが向かないなら行かない。そのどちらかしかない。

 はじめての一人旅は東京だった。

 誰も僕を知らない。

 僕も誰も知らない。

 新幹線を降りる前は緊張していた。

 スリに合わないか、東京の人の歩き方は僕の地元と違うのか、方言を話したら笑われるんじゃないか、新幹線の切符は何枚通すんだっけ?と、色々と頭の中で考え、勝手に緊張し、意味もなく財布に収めた切符を何度も確認した。

「東京……東京」

 無事に到着し、僕は新幹線を降りた。

 緊張しながら改札口を通る。間違えたら改札口は通れない。無慈悲に、僕が出るのを止める。心配は杞憂に終わり、僕は東京駅の外に出れた。何度もスマフォで確認してよかった。「グーグルさん、ありがとう!」と聞こえもしない感謝の言葉を心の中で呟いた。

 東京駅の外は広い広場だった。

 僕と同じように観光に来た人やスーツ姿のおじさんお兄さん、イケイケな感じ?と思われる女子高生の集団。それと外国の人も多かった。

 ビルは天高く聳え立ち、妙な圧迫感を感じた。

 地元から近い神戸にもビルはあるけど、東京のビルの高さは比較にならない。

 異世界にでも来たのか?なんて漫画の主人公みたいな感想を抱き、街を歩いた。

 地下鉄は路線が多く、乗り口を探すのに苦労した。

 ここから先乗り口がありますという看板を見て歩いてもちっとも乗り口は見つからない。行きたくもない迷宮に迷い込み、1時間ほど迷いに迷った。日本生まれの僕でもさっぱりわからない道だ。外国からきた観光客の人なんて迷うに決まっている。迷っていると一人の外国の人に話しかけられた。英語は落第ギリギリなほど苦手だから、よくわからない。身振り手振りで、なんとか行きたい場所を聞き出した。その人は外に出たいと。東京の地下は初心者に優しくない地下迷宮。地上に出るのも困難だ。僕は出口への道を一緒に探し、案内した。去り際に「ありがとう」と言われた。日本語でだ。なんだか、ちょっと……かなり嬉しかった。でもあの道が本当にあっていたかどうかはわからない。間違ってたらごめんなさい。

 地下迷宮を抜け出し、電車を乗り換えながら、僕は東京ビックサイトに行った。

 お祭り騒ぎの東京ビックサイト。

 ちょうど、東京モーターショーをやっていたのだ。これが目当てで、東京にやってきた。綺麗なスタッフさんに目を奪われたり、新しい車に一人興奮写真激写をしながら2時間ほど満喫した。終わった頃には日が傾いており、また電車を乗り換えながら泊まるホテルに向かった。泊まるホテルまで歩く途中、高架下を見るとスプレーによる落書きを目にした。足が速まる。僕にとって、それは怖いものと感じたから。自分がこの先、触れるものではない。

 ホテルにつき、部屋のあるベットで寝転がった。自分のベッドよりも大きく、二人並んでも問題ない大きさ。「ここに彼女がいたらな」なんてことを妄想するが、虚しい気持ちになり、とっとと風呂に入った。ビジネスホテルだから、お風呂はユニットバスだ。これが凄く苦手だ。考えて欲しい。洗うところのすぐ横に、自分の汚い過去を排出するものがあるのだ。矛盾だ。清潔と不潔が並んでいる。だから、ユニットバスは苦手だ。なんだか居心地わるいし……それと、外国のホラー映画はユニットバスで人が殺されること多いし……。

 どうも風呂に入った気持ちにならないままらベッドに横たわり、テレビをつける。ロビーにあった1000円のビデオカードの番号を入力……何を見たのかは、皆さんの想像にお任せします。

 歩き疲れて、9時には寝た。一度も起きず、そのまま朝の6時まで。朝起きたら、窓のカーテンを少し開けて外を見た。並ぶ高層ビルを、海の向こうから目覚めた太陽が照らす。綺麗だと、素直にそう思った。でも、東京なのに車は走っていなかった。東京も、朝は静かなんだなと記憶した。

 一階におり、朝ごはんを食べて、ホテルの外に出た。目的の東京モーターショーは昨日行ったから、目的地はない。他は何も調べなかった。あとは気の向くまま、風の向くまま、旅人のような気持ちになり歩く。上野で路地裏に連れて行かれそうになったり、浅草の寺で観光客さんの写真を撮ってあげたり、東京タワーのエレベーターガールさんに緊張したり、東京のお寿司に舌鼓を打ったり、銀座を俳優になった気持ちで歩いてみたり、青山にある大好きなメーカの革靴屋に勇気が出なくて入れなかったり……二泊三日……最初の日以外は9時間も、当てもなく歩いた。晴れ女とか、記憶を失った少女だとか、喧嘩に巻き込まれたりとか、テロ行為に巻き込まれたとか、そんな映画や漫画、アニメや小説のような情熱的で運命的な出来事なんて起きなかった。場所は違うけど、僕と何にも変わらない日常がそこにあっただけだ。

 帰る日、新幹線が来るのを待っていると抱き合う恋人さんをみた。お別れだからハグをしている。羨ましく、祝福してあげたいという気持ちを抱きながら、その光景を眺めていた。自分にも、そんなふうにハグをしてくれる人ができたらいいな、と寒い駅の中で思った。

 新幹線が来て、僕はそれに乗って、自分の街に帰った。駅に着くと、父が車で迎えに来てくれた。

「楽しかったか?」と父は聞く。

「楽しかったよ」と、嘘をつかずにそう答えた。

 話したいことはたくさんあったけど、それは明日にしよう。

 今は東京に行ったことを、心の中で噛み締めよう。

 そう思い、車の外を見た。

 見慣れた風景だ。 

 飽き飽きしてしまうぐらいに。

 それでも、安堵を覚える。

 一人旅を終えた時、この安堵が好きだ。

 だから、一人旅が好きなんだ。