アイラブ映画

 20歳、デニムジャケットを着て初めて、一人で映画館に向かった。もう今はない映画館。小さな映画館。子供の頃、親にちょくちょく連れていってもらったり、友人とホラー映画を見に行ったことはあるが、一人で行ったことはなかった。映画という娯楽に興味がなかったからだ。せいぜい金曜ロードショーで目にするぐらい。俳優の名前は誰も知らなかった。

 それなのにふと、たまたま映画を見に行こうと思った。その日はゴールデンウイークの初日だったと思う。学生から社会人になり、荒波に航海をし始めた頃。好きだった女性に振られた時でもある。精神的に少し傷ついていた。車に乗って映画館に。作品なんか何も知らない。その時、並んでいる人が一番選んだ映画を選んだ。

 映画の名前はワイルドスピードスカイミッション。

緊張しながらチケットを買った。ポップコーンを食べようと思ったが喉を通らないと思いやめた。スクリーンに続く列に並ぶ。何度かチケットを足元に落とし「兄ちゃん、チケット落としたで」と同じ列に並んだヤンチャな風貌のおじさんに言われた。ポケットに入れてしまえばいいのだけれど、そうなると2分おきにチケットを確認するために、ポケットに手を突っ込むことになる。出かけた時、玄関の鍵やガスの元栓を何度も確認してしまうように。今もそんな感じで落ち着かない。

 ワクワクよりも緊張が心を支配しながら、指定された席に。10分ほど広告宣伝を見て、いよいよ映画が始める。始まると同時に、夢の世界に意識が飛んだ。横に座る人の吐息仕草も、仕事への憂鬱、好きだった人の顔や声は何も感じない。

 感じるのはスクリーンを爆走するダッチチャージャーと青いGTRと生き音。

 コミカルな会話とシリアスな死闘。

 去り行くポールの笑顔。

 時間を忘れて、夢の終演まで目を離さなかった。

 スクリーンを出て、車に走り、急いで家に帰り母や父に、おもちゃを買ってもらった子供のように興奮しながら感想を、そしてDVDを仮にビデオ屋へ。その日からずっと映画を愛するようになった。好きな気になる映画なら公開日に休みを取ったり、仕事終わりに足を運ぶように。自分が生まれていない時代も、この先の時代の映画も愛するように。

 あのころよりもずっと、楽しく、暮らしている。