秋の閃光

閃光花火、しない?」
 夜が深くなり、太陽が沈んだ時間。白い光に包まれたコンビニの中、僕は隣にいる彼女に話しかける。在庫処分ですっかり安くなってしまった閃光花火を指差しながら。
「なんで?もう秋だよ?」
 彼女は心底不思議そうに、見たことない数式を見た時のような顔をして、今ここにある世界の事実を述べる。もう蝉は泣かないし、山嶺のような美しさに空の色が混じったかき氷も店には並んでない。冷やし中華だってそうだ。灼熱の暑さに文句を垂れていた人は今や、通り過ぎてしまった夏に向かって、別れた恋人に対してウダウダと軽い言葉を並べるような態度だ。
 もう夏はいないのだ。
 朝、昼、夜に吹く風は冷房の風よりも柔らかい冷たさを彼方此方に運んでいる。
 もう夏はいないのだ。
 あるのは、秋陽の日々だけだ。
「だって見たいじゃん」
「寒いよ」
「引っ付いたらいい」
「……火傷するわ」
「そうならないように僕が守るよ」
 ちょっと気取って言ってみる。映画のワンシーン、生き様を語る主人公のように。
「頼りにならないわ」
 彼女はどうでもよさそうに呟く。
 手には閃光花火の束。
 どうも素直じゃない。
 会計を済ませて、コンビニを出る。月光が明るい夜。何処からか生まれた鈴虫達が世間話をしている。冷たい風が少し身体を冷やす。草のないアスファルトを歩き最寄の公園に二人で向かう。幸いなことに、打ち上げ花火以外はオッケーな公園だ。今時珍しい。失くなってしまったと思っていた。
 公園の砂場に二人並んで座ってみる。足の踏む感覚は硬い。海と住む砂浜とはだいぶ違う。
閃光花火、なんていつぶりかしら?」
 彼女は閃光花火を一つ手に持ち、かつて存在した記憶に話しかける。
「……いつぶり?」
「忘れた」
 おかしそうに笑い始める。僕は彼女の記憶が気になった。いつ、どこで、だれと、何時に、聞きたいことが頭の中でズラーと並ぶが、それの一つが口から出て、夜の中に混じることはない。
 なんだか野暮だ。
 せっかくの夜。
 閃光花火
 それを口にするには野暮だ。
「あなたはどうなの?いつぶり?」
「忘れた……子供の頃以来じゃない?」
 会計の時に、一緒に買った百円ライターをポケットから取り出し、カチッカチッと鳴らして火を灯す。小さな光。群れから離れた蛍のように寂しい。その光を、これまた一緒に買った点火用キャンドルに移す。ホワホワとした光が闇の公園の中で淡く揺れてる。
閃光花火に火をつけて」
 左手に持った閃光花火の先をキャンドルに。
 移った淡い火は、ひと時の間をおいて、鮮やかな閃光に生まれ変わる。
 深い夜の世界に閃光が生き交う。
 赤、青、黄色、紫が砂場に吸われていく。
「綺麗ね」
 彼女はぼそっと呟く。
 黒い瞳に、閃光が映る。
 僕はすっかり、閃光花火から目を離し、彼女の瞳ばかり見つめてしまう。本来の目的なんてどうでもよくなってしまった。
「あぁ。そうだね」
 閃光が消える。
 僕は彼女の左手に右手を繋ぎ、また花火に火をつける。
 無くなるまでずっと、彼女の瞳を見続ける。
 月光も花火の美しさも、秋夜の冷たさも忘れて。